2020年05月29日

ゲーム機の歴史を振り返る – ファミコンから現在までの覇権争いまとめ

ゲーム実況配信者が何万人もの人々を集客して埼玉スーパーアリーナでイベントを行うなど、以前と比べてゲーム業界の盛り上がりは非常に大きなものとなっています。

そのゲームですが、歴史を紐解くと1972年に世界初とされる家庭用テレビゲーム機「ODYSSEY」が発売された所から始まり、その後1977年にアタリが発売した「アタリVCS」は全世界で1500万台も売れ、電子ゲーム(たまごっちやデジモンのようなゲーム機)も多く作られ、特に1980年から発売した「ゲーム&ウオッチ」は苦境に喘ぐ任天堂を救うほどの利益を生み出しました。

この記事では、その後テレビゲームが一般的によく知られるようになったファミコンの登場からゲーム機の歴史を振り返ってみます。※以下、ツインファミコンやバーチャルボーイなど余り一般に浸透しなかったゲームに関しては割愛しています。

ファミコンの登場

1983年7月15日に任天堂より発売された「ファミリーコンピュータ」は名前の通り、当時主流であったアーケードゲームを家庭でも遜色なく楽しむことが出来ることを目指して作られました。
白と赤の筐体に大きなカセットの差し込み口を備え、左右のコントローラーを挟んで多くの人が画面に夢中になりました。

多くのゲームソフトが開発され販売当初より大きく売り上げを伸ばしたゲームは一大ムーブメントを巻き起こし、その結果さらなるゲーム開発を行うサードパーティーが参入したことで、非常に多くのソフトが出そろい、結果的に世界で6000万台を超える売上を達成するなど、まさしくテレビゲームの歴史を塗り替えたゲーム機となりました。

なお、現在でもファミコンはそのシンプルな筐体のデザインやビットデザインなどが一部のゲーム愛好家から愛されており、復刻となる製品が時々登場しています。

なおファミコンの前身として1980年に同じく任天堂より前述した「ゲーム&ウオッチ」という携帯型のゲーム機が発売されています。これが大ヒットしたことで、得た収益をもとにファミコンを開発するための開発費用にも充てることが出来ています。そのため、ゲーム&ウォッチが無ければ、ファミコンが誕生していたか分かりませんし、ファミコンが誕生していなければその後任天堂から誕生した数々の筐体やゲームソフトの名作も同様に存在していたかは分かりません。

スーパーファミコンとゲームボーイで続く任天堂一強時代

ファミコンの牙城を崩すため、他社は1987年にハドソンが「PCエンジン」を、1988年にはセガが「メガドライブ」を市場に投入します。
これらのハードは、例えばPCエンジンでは周辺機器「CD-ROM²」で初めてCD-ROMをメディアとして採用したことでリッチな視聴覚演出を可能にし、メガドライブではゲーム機としては初の16bit機になり、こちらも視覚的にリッチな表現が出来るようになっています。いずれのハードもファミコンに対して当時は性能的優位に立っていました。
さらにメガドライブに関しては海外でも人気が出たことで、セガ史上最も息が長いハードとなっていました。

ところが1990年に「スーパーファミコン」が発売されると、任天堂は再び性能的優位に立ち、圧倒的なシェアを獲得します。なお、LRボタンや右側4つのボタンなどは、これより後のゲーム機のコントローラーの標準的な仕様となっていきました。

さらに現在まで続く携帯型ゲーム機市場では1989年に発売された「ゲームボーイ」が同時期の他機種に大きく差をつけています。
モノクロ4階調の色しか出せませんが、カラー表現が出来る他機種に比べ電池持ちを重要視したことが勝因でした。

PlayStationの台頭

1994年にソニーより「PlayStation」が、セガより「セガサターン」が発売されます。特にソニー初のゲーム機であるPlayStationは3Dポリゴン描画能力に特化した仕様でゲームに映画的な表現をもたらしました。またセガサターンは、アーケードからの移植度が高く評価されていました。この2機が表現したゲームの世界観は当時人気を誇っていたスーパーファミコンを凌駕し、ここからゲーム機は新しい時代に突入したと言えるかもしれません。

なお、プレイステーションやセガサターンに遅れて1996年に発売された「NINTENDO64」は同世代機の中でも高性能でしたが、すでにマルチメディア機が主流になっていたこともあり思うように伸びませんでした。いくら人気の高いメーカーの製品と言えど出遅れてしまうと非常に不利になるということが証明されたのかもしれません。ただし、とはいえ64で実現された3Dスティックは今後の3Dゲームの在り方を示す存在となりました。

このハード機の戦いは1997年にPlayStationで「ファイナルファンタジーⅦ」が発売されたことでシェア争いに終止符が打たれました。

ちなみに1995年には早すぎるVRゲーム機「バーチャルボーイ」が発売されていましたが、数ヶ月で値崩れしてしまいました。

ソニー、任天堂、マイクロソフト、三つ巴の戦いの始まり

シェア争いに負けたセガは社運を賭けた次世代機「ドリームキャスト」を1998年に発売します。ドリームキャストの一番の特徴はビジュアルメモリという液晶のあるメモリーカードです。
これはコントローラーに差し込むとサブ画面にもなり、単体でミニゲームを遊ぶことも出来るという当時流行していた「デジタルモンスター」の仕様をコンシューマ機に取り込んだようなアイデアでした。

一方のソニーは2000年に後方互換を持ちDVDプレーヤーとしても使える「PlayStation2」が発売されると一気にシェアを拡大、引き続き市場を制します。
再びシェア争いに負けたセガは家庭用ゲーム機製造からの撤退を発表、ドリームキャストはセガ最後のハードとなりました。

なお、2001年に発売された「ニンテンドーゲームキューブ」は商業的には振るいませんでしたが、完成度の高いコントローラーは今でも使われ続けています。対して携帯型ゲーム機市場は同年発売の「ゲームボーイアドバンス」によって引き続き任天堂が独占することとなりました。この時期はソニーが大きくシェアを奪い、セガは苦戦し、任天堂は虎視眈々と様子を伺っているといった様相でした。

なお、2002年にはマイクロソフト初のゲーム機「Xbox」が発売され、海外産ゲーム機ということで黒船とも呼ばれていましたが日本ではほとんど普及しませんでした。

任天堂による新時代

2004年にソニー初の携帯型ゲーム機「PlayStation Portable」と「ニンテンドーDS」が発売されました。
機能面だけを言えば、PSPの方がはるかに高性能でしたが、DSは従来のゲーマー層とは違う層へのアプローチに成功し、シェア争いで勝利を収めることとなります。

翌年2005年には「Xbox 360」、2006年に「PlayStation3」と「Wii」が発売されました。
世界的に見ればこの争いは拮抗していましたが、Xbox 360は国内では振るわずマニアックなゲーム機として位置付けられてしまいます。しかし、ハードとしての安定性は高く、PS3とのマルチタイトルであればXbox 360の方が良いという説もあったほどです。

PS3はBlu-rayが見られるという点をセールスポイントとして大きなシェアを獲得しましたが、DSとコンセプトを共有するWiiの方がシェアでは勝りました。Wiiではモーションセンサーを搭載したコントローラーで、直感的な操作や体感的なゲームが可能でした。さらに2009年には「ドラゴンクエストⅨ」がナンバリングタイトルとして初めて携帯型ゲーム機で発売されました。携帯型ゲーム機と据え置き型ゲーム機の垣根が曖昧になりつつあることの象徴的な出来事であると言えるでしょう。

PS4が世界を席巻

2010年に発売したXbox 360の周辺機器「Kinect」はカメラや深度センサー、マイクなどを搭載し、人の動作を感知することで操作するデバイスで、従来のようなコントローラーは一切不要です。
日本ではそもそも本体が売れておらず大きな話題にはなりませんでしたが、Wiiのコンセプトの先を行く革新的なものであり、世界的にはKinectをゲーム以外の分野にも応用する「The Kinect Effect」と呼ばれる現象も引き起こしました。

2011年に発売された「ニンテンドー3DS」と「PlayStation Vita」は、どちらも携帯型ゲーム機市場にとって脅威になりつつあったスマートフォンと同様にカメラやモーションセンサー、AR機能などを備えつつ、それぞれ独自の機能を持たせていました。

3DSの最大の特徴は3Dメガネなしで3D映像が楽しめる裸眼立体視です。誰でも手軽に楽しめる3Dとして話題になり、名作の3Dリメイク作品も発売されました。

PS Vitaでは3G回線やGPSといった更にスマートフォンに寄せた機能をもつモデルもラインナップされていました。
3DSには売上で遠く及ばなかったもののPS3を上回る程のスペックと充実したエンターテインメント機能があり、ハイスペックなスマートフォンともいえるゲーム機でした。

2012年に発売された「Wii U」はWii U GamePadというディスプレイ搭載のコントローラーにより、特殊なマルチプレイを行えたり、テレビモニターを使わずにゲームをしたり出来ることが特徴です。
しかし、PS系やXbox系でも外部デバイスをセカンドスクリーンとして使えるため、その優位性はあまりありませんでした。
GamePadを有効に使ったソフトも少なく、そのほとんどは任天堂のソフトだったため、各ソフトメーカーも仕様に悩んでいたことが窺えます。

日本では2014年に発売した「PlayStation4」と「Xbox One」は、海外では1年早い2013年に先行発売されたことで日本市場の重要性の低下を感じさせることとなりました。
両機種共に革新的な変化はありませんが、ゲーム機自体にプレイ動画を録画、配信可能な機能を持たせるなど時代に合わせた変化がありました。

PS4はPS3での反省を生かし開発しやすい仕様にしたことでサードパーティーが充実、その結果据え置き型ゲーム機として最速で1億台を売り上げました。
Xbox Oneは多くのソフトがPS4とのマルチタイトルになっており、相対的に需要が無くなった結果Xbox360よりも売上が伸びませんでした。

2016年はVR元年とも言われ、「PlayStation VR」をはじめ、多くのVR機器が発売されました。
PSVRは解像度もまだ荒く現実と見紛うほどとまではいきませんが、ゲーム体験の新たな形として今後が期待されています。

新世代機への移り変わり

2017年発売の据え置き型と携帯型両方の特性を兼ね備える「Nintendo Switch」はスペックとしては次世代機と言えるほどの性能は持っていませんが、あらゆるプレイスタイルに対応出来る受け皿の広さと各モードへの移行の手軽さが特徴です。
良質なキラータイトルが揃っていることも一気に人気ハードへと押し上げた要因になりました。

2019年に3DSのソフト開発が終了し、PS Vitaが出荷終了したことで実質的に携帯ゲーム機市場は終わりを迎えたことになります。
同年、「Nintendo Switch Lite」が発売されましたが、単純に携帯ゲーム機と言っていいのかは微妙で、据え置き型と携帯型という区分がすでに廃れていると考えてもいいのかもしれません。

今後の家庭用ゲーム機

現在はスマートフォンが広まり、一方でインターネット環境の普及と共にオンラインゲームやクラウドゲームサービスが実用レベルになっています。特に大きな変化と言えばPCゲームの認知が広まったことで全世界を巻き込んでプレイすることが当たり前となり、ゲーム業界のスケールが大きく変わって、家庭用ゲーム機は以前のような地位を築きにくくなっています。
元はと言えばソフトを入れ替えて遊べるというのも画期的だったのですから、ゲーム機の在り方が変わっていくのも必然といえば必然です。

今後は家庭用ゲーム機という定義は曖昧になり、ともすれば無くなっていってしまうのかもしれません。
それも含め進化し続けていくのがゲーム業界ですから、これからどんな新しい体験をさせてくれるのか期待していきましょう。

参考文献
中川大地「現代ゲーム全史 文明の遊戯史観から」早川書房
山崎功「家庭用ゲーム機コンプリートガイド」主婦の友インフォス情報社
レトロゲーム愛好会「携帯型ゲーム機コンプリートガイド」主婦の友インフォス情報社